さかあがり英作文.JP (8)
本稿では、「まずは述部からとりかかる」という視点に徹した、英作文の解説・典型表現の整理を試みています。述部とは、問題となっている日本語原文の述語部分すなわち文末(句点の直前)です。「日本語=Japanese」と「述語=predicate」の頭文字をとって「JP」、句点「。」は英語の「.」。この2つの記号を、まず文末をみてから前へと返る「さかあがり」だから、前後を逆にし、「.JP」というわけです。本稿は、「ひとりぼっちの古典文法」のような「一応の完結を待っての発表」ではなく、手探りの状態のままの同時進行的な連載です。また、本稿の例文とその英訳例はすべて、“知ろうとする素人”シューチョが収集または創作したもので、特に訳例については誰の校閲も経ていません。その点ご了承下さいませ。明らかな誤りを発見された場合はご指摘頂くと助かります。
第1回 〜がある (2)
「─することがある」という表現については、「こと」が「─する」の目的語ではなく、「─すること」がひとまとまり(英語で言えば不定詞や動名詞)になった上で、「─することがある」全体を一つの述語表現と捉えるべき場合が大多数です。そのような場合の英訳を考えてみましょう(→注1)。
【3】「─することがある」=「─する」 (「ことがある」は訳さない)
精一杯努力すれば必ず何かを得ることがあるでしょう。
You will surely gain something if you work as hard as possible.
【4】「─したことがある」 → 完了の意味
この本は前に読んだことがあります。
I have read this book before.
多くの英作文参考書では、【3】については特に何も解説せずに当たり前のように解答し、【4】については「時制」とか「現在完了」といった英語からの項目を掲げて説明します。本稿のような述語重視の発想がないためです。英作文の問題を解くとき、相手にしているのは日本語であり、その目の前の日本語を理解する態度が必要です。それは巷で言われるような「英訳しやすいように言い換えよう」とか「主語を補おう」とかいうことではなく、むしろそれらと正反対の、原文の述語表現に忠実に沿う姿勢で行うミクロで具体的な分析のことを指します。【3】と【4】には明らかに形の類似と意味の相違があって、そこに注目すればすっきり整理されます。
【3】の「ことがある」は、原文からそれを削除してもその原文の意味は変わらず、だからこそ、上記のように英訳できます(→注2)。それに対し、【4】の「ことがある」はどうでしょう。日本語の「─した」は確かに、「ことがある」が付加されなくてもこれだけで「完了(過去の経験→注3)」の意味を表せはしますが、その場合、「過去」か「完了」かは前後を辿る必要があります。しかし「ことがある」が付加されれば、まさにこの述語部分「─したことがある」だけを見て(副詞「前に」さえなくても)「過去」ではなく「完了」の意味であるとはっきり判断できます。
注1:「こと」が「─する」の目的語である用例としては、「することが山のようにある」「やりたいことがある」など。
注2:上記は英訳に対する説明なので、【3】で「─することがある」=「─する」と単純化してしまいました。が、少し詳しく言えば、私たちは、《「─する」の“頻度”を意識している》ときに、すなわち、「まれに」「ときどき」「しばしば」などの副詞がイメージされるときに、「ことがある」を付加するようです。それでいてそれら副詞を言わずに、意識しているはずの頻度について明言しないまま、「ことがある」とだけ言うことがある(笑)というわけです。これは「したことがある」の「ことがある」についても実は同様ですね。
注3:「まずは日本語を」と主張する当の本稿が、ここの説明では“英文法寄り”になってしまいました(頭掻)。ここで言う「完了」とは、「英語においては英文法で完了形と呼ばれる形で表されるような状態・動作のこと」を指します。つまり、「したことがある」自身が「完了」だ、と言うよりは、「『したことがある』は、英訳する際には完了形となる」という意味合いになります。同様に「過去」とは「英訳すれば過去形で表されるような日本語表現」という意味です。細かい話で恐縮です(苦笑)。
第1回 〜がある (2)
「─することがある」という表現については、「こと」が「─する」の目的語ではなく、「─すること」がひとまとまり(英語で言えば不定詞や動名詞)になった上で、「─することがある」全体を一つの述語表現と捉えるべき場合が大多数です。そのような場合の英訳を考えてみましょう(→注1)。
【3】「─することがある」=「─する」 (「ことがある」は訳さない)
精一杯努力すれば必ず何かを得ることがあるでしょう。
You will surely gain something if you work as hard as possible.
【4】「─したことがある」 → 完了の意味
この本は前に読んだことがあります。
I have read this book before.
多くの英作文参考書では、【3】については特に何も解説せずに当たり前のように解答し、【4】については「時制」とか「現在完了」といった英語からの項目を掲げて説明します。本稿のような述語重視の発想がないためです。英作文の問題を解くとき、相手にしているのは日本語であり、その目の前の日本語を理解する態度が必要です。それは巷で言われるような「英訳しやすいように言い換えよう」とか「主語を補おう」とかいうことではなく、むしろそれらと正反対の、原文の述語表現に忠実に沿う姿勢で行うミクロで具体的な分析のことを指します。【3】と【4】には明らかに形の類似と意味の相違があって、そこに注目すればすっきり整理されます。
【3】の「ことがある」は、原文からそれを削除してもその原文の意味は変わらず、だからこそ、上記のように英訳できます(→注2)。それに対し、【4】の「ことがある」はどうでしょう。日本語の「─した」は確かに、「ことがある」が付加されなくてもこれだけで「完了(過去の経験→注3)」の意味を表せはしますが、その場合、「過去」か「完了」かは前後を辿る必要があります。しかし「ことがある」が付加されれば、まさにこの述語部分「─したことがある」だけを見て(副詞「前に」さえなくても)「過去」ではなく「完了」の意味であるとはっきり判断できます。
注1:「こと」が「─する」の目的語である用例としては、「することが山のようにある」「やりたいことがある」など。
注2:上記は英訳に対する説明なので、【3】で「─することがある」=「─する」と単純化してしまいました。が、少し詳しく言えば、私たちは、《「─する」の“頻度”を意識している》ときに、すなわち、「まれに」「ときどき」「しばしば」などの副詞がイメージされるときに、「ことがある」を付加するようです。それでいてそれら副詞を言わずに、意識しているはずの頻度について明言しないまま、「ことがある」とだけ言うことがある(笑)というわけです。これは「したことがある」の「ことがある」についても実は同様ですね。
注3:「まずは日本語を」と主張する当の本稿が、ここの説明では“英文法寄り”になってしまいました(頭掻)。ここで言う「完了」とは、「英語においては英文法で完了形と呼ばれる形で表されるような状態・動作のこと」を指します。つまり、「したことがある」自身が「完了」だ、と言うよりは、「『したことがある』は、英訳する際には完了形となる」という意味合いになります。同様に「過去」とは「英訳すれば過去形で表されるような日本語表現」という意味です。細かい話で恐縮です(苦笑)。
さかあがり英作文.JP (7)
それでは、この (7) から、「まずは述部からとりかかる」という視点に徹した、英作文の解説・典型表現の整理を試みていくことにします。述部とは、問題となっている日本語原文の述語部分すなわち文末(句点の直前)です。日本語=Japaneseの述語=Predicateの頭文字をとってJP、句点「。」は英語の「.」。この2つの記号を、まず文末をみてから前へと返る「さかあがり」だから、前後を逆にし、「.JP」というわけです。本稿は、「ひとりぼっちの古典文法」のような「一応の完結を待っての発表」ではなく、手探りの状態のままの同時進行的な連載です。また、本稿の例文とその英訳例はすべて、“知ろうとする素人”シューチョが収集または創作したもので、特に訳例については誰の校閲も経ていません。その点ご了承下さいませ。明らかな誤りを発見された場合はご指摘頂くと助かります。
第1回 〜がある (1)
「〜がある」の「ある」は「〜」の存在を示す述語です。「〜」には名詞が入ります。この述語に対応する英語の動詞は、まずは、【1】be動詞(すなわちいわゆる there 構文)または【2】haveを基本と思っておけばよいでしょう(→注1)。
【1】
京都には有名な寺院や神社がたくさんある。
There are many famous temples and shrines in Kyoto.
【2】
1.私には夢がある。
I have a dream.
2.ときどき寝坊して、朝ご飯を食べる時間がありません。
I sometimes get up late, and don't have time for breakfast.
注1:特殊なものとしては、「〜」に入る特定の語をも含んだ対応表現──「─する余裕がある→can afford to─」「─する価値がある→it is worth while ─ing」など──や、道順の質問への返答に対する「駅があります→you will find the station」などがあります。詳しくは第2回以降で。
第1回 〜がある (1)
「〜がある」の「ある」は「〜」の存在を示す述語です。「〜」には名詞が入ります。この述語に対応する英語の動詞は、まずは、【1】be動詞(すなわちいわゆる there 構文)または【2】haveを基本と思っておけばよいでしょう(→注1)。
【1】
京都には有名な寺院や神社がたくさんある。
There are many famous temples and shrines in Kyoto.
【2】
1.私には夢がある。
I have a dream.
2.ときどき寝坊して、朝ご飯を食べる時間がありません。
I sometimes get up late, and don't have time for breakfast.
注1:特殊なものとしては、「〜」に入る特定の語をも含んだ対応表現──「─する余裕がある→can afford to─」「─する価値がある→it is worth while ─ing」など──や、道順の質問への返答に対する「駅があります→you will find the station」などがあります。詳しくは第2回以降で。
さかあがり英作文.JP (6)
『和英標準問題精講』からもう1問。
──
2 この道をいらっしゃれば,2,3分で駅へ出ます。
……中略……
(a) If you go along this road, you will come to the station.
(b) This road will lead you to the station in a few minutes.
(c) A few minutes' walk along this road will bring you to the station.
──[原/花本2000、10頁]
同書の説明は、やはり「何を主語にするかによって,3通りの書き方ができる」と書き出されます。ここで少し譲って、「何を主語にするか」をまず考えることにしてみましょう。するとしかし、そのための方法として有効なのは、けっきょく述語に注目することです。すなわち
「出ます」とあるが、「出る」のは何/誰か
と考えることになるのではないでしょうか。「出る」の動作主体を決める、ということです。すると、道を尋ねられたという状況からしても、「出る」のは「あなた」または「道」ということになります。日本語でも「この道は駅へ出る」と言えます。
(1)「出る」の主語を「あなた」=you にした場合、「出る」=come/get
(2)「出る」の主語を「道」=this road にした場合、「出る」=lead/take
とすればよいとわかります。「出る」の英訳がなかなか易しくないことは以前にも書きました。確かに主語 S を決めてからそれに呼応する V をあてがう必要があります。しかし、その S はどうして決めたかといえば、原文の述語「出る」を見て決めたのでした。「まずは述語」とは、こういうケースも含みます。
======
(1) S =you の場合
・「出ます」=will come
・「駅へ」=to the station
・「2,3分で」=in a few minutes
すでに決めた S =you と合わせて
you will come to the station
これで主節は完成です。次に
・「いらっしゃれば」=if you go。詳しくは、(if go →)if S go → S に you を代入、という過程を経ます。
・「この道を」=along this road
if you go along this road,
これが従節。
If you go along this road, you will come to the station.
となって (a) が完成します。
(2) S = this road の場合
P は will lead。この lead は他動詞であり、目的語 O が必要です。原文の「出る」は自動詞であり、この点が異なります。よって、ここまでで
this road will lead O
となります。あくまで思考過程を分けて示したかったのでこうしましたが、この O を you とすればよいのは明らかです。
this road will lead you
・「駅へ」=to the station
this road will lead you to the station
・「2,3分で」=in a few minutes
this road will lead you to the station in a few minutes
すると、この中に、原文の「この道をいらっしゃれば」の部分の意味内容がすべて含まれていることがわかり、かつ一つのセンテンスとして要素の過不足もありません。よって、punctuation を整えれば (b) の完成です。
This road will lead you to the station in a few minutes.
======
さて、A few minutes' walk を S とする (c) だけは、本稿の方法で導くことができないようです。英語ではこのような表現を採るのだということをどこかで知り、蓄える必要があります。(c) は確かに一つの典型表現なので知っておくことが望ましいのでしょう。しかし、「(c) は知らなくても (a)(や (b))は自力で書ける」と強調する本稿と、(a) (b) (c) を単に並行羅列し「3通りとも知っておけ」と述べる『和標』の、どちらが“学習者にやさしい”説明でしょうか。それに、繰り返しになりますが、英語特有の表現を学ぶ場としては英文読解の場がふさわしく、和文英訳を学ぶ場面では、訳例を少しでも構成的に「自分で作れる」ような指針を与えるべきであると考えます。「『和標』のレベルはそういう所よりも高い」と言われれば「ごもっとも」と引き下がるしかありません。しかし、では、本稿で述べるような“述語に注目した構成的方法”に関する、より基本的な参考書があるかというと、全く見かけず、ただただ暗唱例文を並べたようなものがほとんどという状況です。
──
2 この道をいらっしゃれば,2,3分で駅へ出ます。
……中略……
(a) If you go along this road, you will come to the station.
(b) This road will lead you to the station in a few minutes.
(c) A few minutes' walk along this road will bring you to the station.
──[原/花本2000、10頁]
同書の説明は、やはり「何を主語にするかによって,3通りの書き方ができる」と書き出されます。ここで少し譲って、「何を主語にするか」をまず考えることにしてみましょう。するとしかし、そのための方法として有効なのは、けっきょく述語に注目することです。すなわち
「出ます」とあるが、「出る」のは何/誰か
と考えることになるのではないでしょうか。「出る」の動作主体を決める、ということです。すると、道を尋ねられたという状況からしても、「出る」のは「あなた」または「道」ということになります。日本語でも「この道は駅へ出る」と言えます。
(1)「出る」の主語を「あなた」=you にした場合、「出る」=come/get
(2)「出る」の主語を「道」=this road にした場合、「出る」=lead/take
とすればよいとわかります。「出る」の英訳がなかなか易しくないことは以前にも書きました。確かに主語 S を決めてからそれに呼応する V をあてがう必要があります。しかし、その S はどうして決めたかといえば、原文の述語「出る」を見て決めたのでした。「まずは述語」とは、こういうケースも含みます。
======
(1) S =you の場合
・「出ます」=will come
・「駅へ」=to the station
・「2,3分で」=in a few minutes
すでに決めた S =you と合わせて
you will come to the station
これで主節は完成です。次に
・「いらっしゃれば」=if you go。詳しくは、(if go →)if S go → S に you を代入、という過程を経ます。
・「この道を」=along this road
if you go along this road,
これが従節。
If you go along this road, you will come to the station.
となって (a) が完成します。
(2) S = this road の場合
P は will lead。この lead は他動詞であり、目的語 O が必要です。原文の「出る」は自動詞であり、この点が異なります。よって、ここまでで
this road will lead O
となります。あくまで思考過程を分けて示したかったのでこうしましたが、この O を you とすればよいのは明らかです。
this road will lead you
・「駅へ」=to the station
this road will lead you to the station
・「2,3分で」=in a few minutes
this road will lead you to the station in a few minutes
すると、この中に、原文の「この道をいらっしゃれば」の部分の意味内容がすべて含まれていることがわかり、かつ一つのセンテンスとして要素の過不足もありません。よって、punctuation を整えれば (b) の完成です。
This road will lead you to the station in a few minutes.
======
さて、A few minutes' walk を S とする (c) だけは、本稿の方法で導くことができないようです。英語ではこのような表現を採るのだということをどこかで知り、蓄える必要があります。(c) は確かに一つの典型表現なので知っておくことが望ましいのでしょう。しかし、「(c) は知らなくても (a)(や (b))は自力で書ける」と強調する本稿と、(a) (b) (c) を単に並行羅列し「3通りとも知っておけ」と述べる『和標』の、どちらが“学習者にやさしい”説明でしょうか。それに、繰り返しになりますが、英語特有の表現を学ぶ場としては英文読解の場がふさわしく、和文英訳を学ぶ場面では、訳例を少しでも構成的に「自分で作れる」ような指針を与えるべきであると考えます。「『和標』のレベルはそういう所よりも高い」と言われれば「ごもっとも」と引き下がるしかありません。しかし、では、本稿で述べるような“述語に注目した構成的方法”に関する、より基本的な参考書があるかというと、全く見かけず、ただただ暗唱例文を並べたようなものがほとんどという状況です。
さかあがり英作文.JP (5)
さて、英作文参考書といえば、最新の[大矢]や[河村]の前に、老舗的・古典的著書に当たるべきだったかもしれません。まずはやはり佐々木高政著『和文英訳の修業』でしょうか。同書は「準備編」の後の本編が「主語について」から始まり、主語になる代表的なさまざまな名詞・名詞句・名詞節を例示して説明しています。そして次の章が「動詞について」。また、原仙作著/花本金吾改訂『和英標準問題精講』(旺文社、2000年)では、「主語と述語」と題された第1章が次の問題で始まります。
──
1 大雪のために列車は遅れて到着した。
──[原/花本2000、8頁]
そしてその解説の冒頭で「和文英訳では,主語を決定することがいちばん大切である」(同前)と述べ、「上の文では列車が主語であるが,英語では大雪を主語にして,『大雪が列車の到着を遅らせた』『大雪が列車の延着の原因になった』『大雪が列車の定刻到着を妨げた』という表現形式で書くこともできる」と続けます。それはその通りですが、
今、対象としている原文は、それらの表現形式を採ってはいない
ということがなぜ軽視されるのでしょうか。それに「英語では〜と書くこともできる」の「英語では」という限定は無意味です。まさに文中の例によって、著者自身が日本語でもその表現形式で書けることを示しているではありませんか。確かに「無生物主語構文」と呼ばれる構文は、日本語を母語とするわれわれにとっては「英語らしい表現」に思えます。英語では日本語よりも、そういう表現が普通によく使われる、ということなのでしょう。しかし、それは、その文を英文中に見かけたときすなわち英文読解・英文和訳の場面において意識されることのはずで、英作文の場面においては第一次的対象は日本語文の方なのです。
ここで、ともかく問題を解いてみましょう。さかあがり法で行くと以下の順に徐々に完成させればよく
「到着した」=arrived
「遅れて」=behind time
「列車は」=the train。これが arrived に対する S なので、その前に置く。
「〜のために」明らかに原因・理由を示す「〜のために」なので、例えば because of 〜 。
「大雪」=the heavy snowfall
(a)' The train arrived behind time because of the heavy snowfall.
となります。この文から heavy の一語を削ったものが同書でも第1の解答 (a) の一部となっています。(a) には、述語動詞部分を「come in late」「was delayed」に変えた部分別解も用意されています。ここでは上記を (a)' と呼びます。heavy は、残る3つの別解には付いていますから、(a) にないのはたぶん、「なくてもよい」ということをこの訳例で合わせて示そうとしただけなのでしょう。そして残る3通りの解というのが先述の表現形式によるものです。
──
(b) The heavy snowfall delayed the arrival of the train.
(c) The heavy snowfall caused the train to be delayed.
(d) The heavy snowfall prevented the train from arriving.
──[同、9頁]
これらが並べられるのを見て分かることは、けっきょく、英語教育者は英作文を通じて英語を教えたいのだということです。arrive の名詞化の arrival や cause O C(to不定詞) や prevent O from 〜 などを教え込みたいのでしょう(注)。あたりまえといえばそうです。しかしこれはやはり一つの転倒と言わざるを得ません。真面目に言いたいのですが、英作文の学習・指導の本来の目的とは、学習者が日本語原文に対してその英訳例を自分で作り出せるようにすることではないでしょうか。「英借文」とよく言われ、否定しませんし、ときに確かに有効ですが、それは手段の一つであって目的ではないはずです。
それにしても、初版を辿れば、『和文英訳の修業』は“50年物”、『和英標準問題精講』は“70年物”の書物です。ということは、英語教育者もこれら代表的参考書で学んだのであり、それで英語教育界に「主語第一主義」が連綿と受け継がれているのでしょう。
注:そもそもこの出題自体が、これらの表現を意識して作成されている可能性もありますね。
──
1 大雪のために列車は遅れて到着した。
──[原/花本2000、8頁]
そしてその解説の冒頭で「和文英訳では,主語を決定することがいちばん大切である」(同前)と述べ、「上の文では列車が主語であるが,英語では大雪を主語にして,『大雪が列車の到着を遅らせた』『大雪が列車の延着の原因になった』『大雪が列車の定刻到着を妨げた』という表現形式で書くこともできる」と続けます。それはその通りですが、
今、対象としている原文は、それらの表現形式を採ってはいない
ということがなぜ軽視されるのでしょうか。それに「英語では〜と書くこともできる」の「英語では」という限定は無意味です。まさに文中の例によって、著者自身が日本語でもその表現形式で書けることを示しているではありませんか。確かに「無生物主語構文」と呼ばれる構文は、日本語を母語とするわれわれにとっては「英語らしい表現」に思えます。英語では日本語よりも、そういう表現が普通によく使われる、ということなのでしょう。しかし、それは、その文を英文中に見かけたときすなわち英文読解・英文和訳の場面において意識されることのはずで、英作文の場面においては第一次的対象は日本語文の方なのです。
ここで、ともかく問題を解いてみましょう。さかあがり法で行くと以下の順に徐々に完成させればよく
「到着した」=arrived
「遅れて」=behind time
「列車は」=the train。これが arrived に対する S なので、その前に置く。
「〜のために」明らかに原因・理由を示す「〜のために」なので、例えば because of 〜 。
「大雪」=the heavy snowfall
(a)' The train arrived behind time because of the heavy snowfall.
となります。この文から heavy の一語を削ったものが同書でも第1の解答 (a) の一部となっています。(a) には、述語動詞部分を「come in late」「was delayed」に変えた部分別解も用意されています。ここでは上記を (a)' と呼びます。heavy は、残る3つの別解には付いていますから、(a) にないのはたぶん、「なくてもよい」ということをこの訳例で合わせて示そうとしただけなのでしょう。そして残る3通りの解というのが先述の表現形式によるものです。
──
(b) The heavy snowfall delayed the arrival of the train.
(c) The heavy snowfall caused the train to be delayed.
(d) The heavy snowfall prevented the train from arriving.
──[同、9頁]
これらが並べられるのを見て分かることは、けっきょく、英語教育者は英作文を通じて英語を教えたいのだということです。arrive の名詞化の arrival や cause O C(to不定詞) や prevent O from 〜 などを教え込みたいのでしょう(注)。あたりまえといえばそうです。しかしこれはやはり一つの転倒と言わざるを得ません。真面目に言いたいのですが、英作文の学習・指導の本来の目的とは、学習者が日本語原文に対してその英訳例を自分で作り出せるようにすることではないでしょうか。「英借文」とよく言われ、否定しませんし、ときに確かに有効ですが、それは手段の一つであって目的ではないはずです。
それにしても、初版を辿れば、『和文英訳の修業』は“50年物”、『和英標準問題精講』は“70年物”の書物です。ということは、英語教育者もこれら代表的参考書で学んだのであり、それで英語教育界に「主語第一主義」が連綿と受け継がれているのでしょう。
注:そもそもこの出題自体が、これらの表現を意識して作成されている可能性もありますね。
さかあがり英作文.JP (4)
──本稿については、こちらの記事の冒頭もお読み下さい。──
「まずは述語」──このたった1つの論点を裏付けるために、“知ろうとする素人”シューチョが稚気ある情熱を傾けているのが本稿であります。しかしここへ来て、頼もしい玄人の味方の登場です。
──
文の組み立てにとって,主語と述語のどちらがより重要であるかというと,それは,述語のほうである.
──(安井稔・角谷裕子『英作文要覧』 開拓社、1998年、はしがきvi頁)
──
文の中心は動詞にある.動詞が決まると,文の形が決まってくる.
──(前掲書、1頁)
どうです。やはり玄人にも話のわかる人がいたのです。どうでもいいことながら素人の稚気として強調しておきたいのは、本稿を着想したのは誓って上記文献に当たる前であるということです(笑)。これまで、かなりの数の英作文参考書を(拾い)読み漁ってきましたが、ようやく自分と同様の主張をする英語教育著書に出会いました。しかもそれが、これまで見た中では最も分厚い本格的書物であったことは、感慨深いですね。知ろうとする素人と玄人の苦労との邂逅 は、なかなか愉快な気分です。
さて、「英語においても『まずは V 』」「ようやく玄人の味方に出会った」などと書いていて、さらにふと思い出したのが、表三郎著『スーパー英文読解法 上』(おもて さぶろう、論創社、1991年)です。同書の3頁から4頁にかけての、「センテンスの構造分析の手順」「1.動詞 V の発見」を見てみましょう。
─(要約)─
主語 S を見つけることから構造分析を始めてしまうと、 S が長い節や句であったり、倒置があったりで、混乱する。構造分析は、文の心臓ともいうべき V を発見することから始めるべきである。しかも V は、時制変化や助動詞の付加を伴うので、 S よりも発見が簡単である。 V を発見すれば、次に S の確定となる。通常 S は V の前にある。そうでなければ直後にあるはずで、これが倒置現象である。
──────
さらに表は、「文を身体とすれば、 S は顔、 V は心臓である。顔の表情から心を読むかのような、意味についての単なる推測に走るのではなく、身体に血液を送りそれを動かす心臓についてまず捉えよ(要約)」と、みごとな比喩も用いて喝破します。
久しぶりに同書をひもといてみて、本稿の主張との密接な関係に改めて驚きました。表のこの書物以後、英文読解の参考書は湯水のごとく出版されましたから、逐一見てはいませんが、今では類似の論点を持つものも他に数多くあるかもしれません。しかし英作文参考書に関しては、これまで見てきたような次第です。
さかあがり英作文.JP (3)
──本稿については、こちらの記事の冒頭もお読み下さい。──
2つの例題を解いてきました。いずれも、何もそこまで、と言われるのを覚悟で、あえてくどくどと逐語的な説明を試みました。巷の英語教育者がこぞって「逐語的な直訳は通用しない」と言うものですから…。もちろん「可能な例を選んだだけ」といえばそうなんですが、他にもけっこう多く、「通用する場合もあるよ」と「指導する」方が「指導される」側も希望が持てていいのではないかと。けれども確かに、ほんとうは無理して逐語訳(的説明)にこだわることはないわけです。本稿の最も大事な主張は、「述語の重視」というところにあります。特に
・主語の選定/決定は、述語動詞の決定よりも後である
ということです。実践的に言い換えると
・まず最初に文末を見て、述語に対応する V を決める。その後、手前の部分を考察する過程のどこかで、その V に対する S が自ずと見つかる/決まる/わかる」
という解き方の流れは、今後も変わりません。そして、「易しい」問題の場合は、思いのほか、その「手前の部分を考察する過程」が「1語ずつ前へ前へ戻って訳語を考える過程」となり得る、ということもまた確かなのです。その意味でも、また、そういった“逆順直訳”ができないような「難しい」場合でも、ミクロな“逐語的感覚”といったものをともかくも頭の隅に残しておいて損はない、ということも言えるようです。
英訳したときに主語となる元の語は、日本語原文には書かれていないことも多く、書かれていてもその位置は様々で、捉えにくい。それに対し、くどいようですが、日本語の文には
述語は必ず存在し、しかもその位置は必ず文末である
のです。逆に「文末にあるのが主節の述語である」と言っても正しい。したがって、日本語を英語に訳そうという場合、重要なのは「主語より動詞」「 S より V 」でしょう。すでに述べたように「 V が決まれば、それに対する S が自ずと決まる」のでした。ところが、多くの英作文参考書では、このことが意識されていないようです。
一例として、河村一誠著『減点されない英作文』(学研、2006年)を見てみます(注1)。
──
日本語は主語が明示されないことがよくあるので,英訳するとき,まずなにを主語にするかを考えます。
──[河村06、23頁]
「明示されていない」ような何かを自分でひねり出すことからまず始める? どうしてそのような転倒した方法を推奨するのでしょうか。河村はその直後にこうも言います。
──
人を主語にして能動態で書いたほうが自然な英文になります。
──[同前]
原文には明示されないかもしれないものについて、それを何にするかというところから始めるというのだから、そりゃあいろいろな可能性を考えるよりも「人」に限定してしまった方がやりやすいでしょう。しかしこれは、夏の部屋で、わざわざ冷房を効かせ過ぎた上で「セーターを着込めば安心」と言っているようなものではないですか。
もう一つ。
──
「〜がある[ない]」は人を主語にした文を考えよう。
──[同前、28頁]
と題した項があります(注2)。河村はその本文で、「『私の説明でわからないところがあれば』は『私が説明することがわからなければ』で十分」(同前)としたり、「苦しみがある」(同前)を「you will suffer」(同前)と訳したりしています。どちらもその結論については私もほぼ同意見ですが、思考過程が大きく異なります。私なら
・「〜するところがある」
「〜する」の部分を V にする。「ところ」は、訳さなくてよいか、または、 S や修飾句などにsome、somethingなどを用い、「何か(〜するところ/〜なところ)」という意味を出した方がよい場合もある。
・「苦しみがある」
「[形容詞の名詞化語]がある」の形は
(1)「[名詞]を持つ」と同様に have を用いる
(2) その形容詞を補語にする
(3) その形容詞を述語動詞化する
ここでは (3) が適用でき、「苦しみがある」→「苦しむ」とする。……(注2)
などとして説明するでしょう。これなら、該当箇所に意識を集中するだけで解決します。「主語が何か」は、その後で考えればよい。「木を見る」だけで済む場合はそれでよく、それでこそ「森を見る」視点の真の価値が出ます。
河村は、主語を「〜ところ」でなく you にせよ(注4)、主語を「苦しみ」ではなく you にせよ、と言います。つまり、 S を人にせよと。それに対し私は「まず P を決めよ。すると、その P に対する S が決まってくる」と言っています。つまり、「わからないところがある」を「わからない」にまず直してから、「わからない」状態であるのは何か/誰か、というふうに、「苦しみがある」を「苦しむ」にまず直してから、「苦しむ」のは何か/誰か、というふうに考えよと。そうすれば、それらの S は原文の内容からたいていすぐにわかります。いえ、ときには、内容からというよりもコロケーションの形式などから自動的に決まることさえあるでしょう。
ひょっとすると、私の説明する思考過程は河村を含む英語教育者にとっては自明に過ぎる過程で、だから無意識的に?省略される、ということかもしれません。それでも譲れないのは
一つの文においては、 P が S に先んじて在る
ということの重要性です。
さらに、「 S よりも P 」という文構造の特性は、和文英訳の場面に限らず、英文を直接書いたり読んだりする場面でも重要でしょう。つまり、英語においても「まずは V 」なのです。
注1:ここでも念のために書きますが、同書はよく工夫された受験参考書であり、実際の受験生は同書をかなり重宝がるだろうことが大いに想像できます。私の受験時代にもこのような本があればよかったのに、と羨ましく思うものの一つです。その上で、ここでは、“知ろうとする素人”として、未熟な若者の反抗のごとく?あえて挑発的に論じています。
注2:「〜がある」は、直接「さかあがり」英訳ができない例が豊富な、確かに手強い日本語構文です。本稿でも追々説明する予定ですが、私もまだ全貌を把握していません。
注3:今の例は「〜するところがある」ではなく「わからないところがある」ですが…。以下に詳述しておきます。
──場所のことではない「〜ところがある」は、日本語に多く見られる「述語的語句の多重表現」の例の一つである。この場合は、その直前の語「〜」もまた P であるか、少なくとも英訳したときには P になるような意味内容を持つ。──
注4:「If you don't understand what I explain」(河村06、26頁)
[河村06]:河村一誠 『減点されない英作文』 学研、2006年
2つの例題を解いてきました。いずれも、何もそこまで、と言われるのを覚悟で、あえてくどくどと逐語的な説明を試みました。巷の英語教育者がこぞって「逐語的な直訳は通用しない」と言うものですから…。もちろん「可能な例を選んだだけ」といえばそうなんですが、他にもけっこう多く、「通用する場合もあるよ」と「指導する」方が「指導される」側も希望が持てていいのではないかと。けれども確かに、ほんとうは無理して逐語訳(的説明)にこだわることはないわけです。本稿の最も大事な主張は、「述語の重視」というところにあります。特に
・主語の選定/決定は、述語動詞の決定よりも後である
ということです。実践的に言い換えると
・まず最初に文末を見て、述語に対応する V を決める。その後、手前の部分を考察する過程のどこかで、その V に対する S が自ずと見つかる/決まる/わかる」
という解き方の流れは、今後も変わりません。そして、「易しい」問題の場合は、思いのほか、その「手前の部分を考察する過程」が「1語ずつ前へ前へ戻って訳語を考える過程」となり得る、ということもまた確かなのです。その意味でも、また、そういった“逆順直訳”ができないような「難しい」場合でも、ミクロな“逐語的感覚”といったものをともかくも頭の隅に残しておいて損はない、ということも言えるようです。
英訳したときに主語となる元の語は、日本語原文には書かれていないことも多く、書かれていてもその位置は様々で、捉えにくい。それに対し、くどいようですが、日本語の文には
述語は必ず存在し、しかもその位置は必ず文末である
のです。逆に「文末にあるのが主節の述語である」と言っても正しい。したがって、日本語を英語に訳そうという場合、重要なのは「主語より動詞」「 S より V 」でしょう。すでに述べたように「 V が決まれば、それに対する S が自ずと決まる」のでした。ところが、多くの英作文参考書では、このことが意識されていないようです。
一例として、河村一誠著『減点されない英作文』(学研、2006年)を見てみます(注1)。
──
日本語は主語が明示されないことがよくあるので,英訳するとき,まずなにを主語にするかを考えます。
──[河村06、23頁]
「明示されていない」ような何かを自分でひねり出すことからまず始める? どうしてそのような転倒した方法を推奨するのでしょうか。河村はその直後にこうも言います。
──
人を主語にして能動態で書いたほうが自然な英文になります。
──[同前]
原文には明示されないかもしれないものについて、それを何にするかというところから始めるというのだから、そりゃあいろいろな可能性を考えるよりも「人」に限定してしまった方がやりやすいでしょう。しかしこれは、夏の部屋で、わざわざ冷房を効かせ過ぎた上で「セーターを着込めば安心」と言っているようなものではないですか。
もう一つ。
──
「〜がある[ない]」は人を主語にした文を考えよう。
──[同前、28頁]
と題した項があります(注2)。河村はその本文で、「『私の説明でわからないところがあれば』は『私が説明することがわからなければ』で十分」(同前)としたり、「苦しみがある」(同前)を「you will suffer」(同前)と訳したりしています。どちらもその結論については私もほぼ同意見ですが、思考過程が大きく異なります。私なら
・「〜するところがある」
「〜する」の部分を V にする。「ところ」は、訳さなくてよいか、または、 S や修飾句などにsome、somethingなどを用い、「何か(〜するところ/〜なところ)」という意味を出した方がよい場合もある。
・「苦しみがある」
「[形容詞の名詞化語]がある」の形は
(1)「[名詞]を持つ」と同様に have を用いる
(2) その形容詞を補語にする
(3) その形容詞を述語動詞化する
ここでは (3) が適用でき、「苦しみがある」→「苦しむ」とする。……(注2)
などとして説明するでしょう。これなら、該当箇所に意識を集中するだけで解決します。「主語が何か」は、その後で考えればよい。「木を見る」だけで済む場合はそれでよく、それでこそ「森を見る」視点の真の価値が出ます。
河村は、主語を「〜ところ」でなく you にせよ(注4)、主語を「苦しみ」ではなく you にせよ、と言います。つまり、 S を人にせよと。それに対し私は「まず P を決めよ。すると、その P に対する S が決まってくる」と言っています。つまり、「わからないところがある」を「わからない」にまず直してから、「わからない」状態であるのは何か/誰か、というふうに、「苦しみがある」を「苦しむ」にまず直してから、「苦しむ」のは何か/誰か、というふうに考えよと。そうすれば、それらの S は原文の内容からたいていすぐにわかります。いえ、ときには、内容からというよりもコロケーションの形式などから自動的に決まることさえあるでしょう。
ひょっとすると、私の説明する思考過程は河村を含む英語教育者にとっては自明に過ぎる過程で、だから無意識的に?省略される、ということかもしれません。それでも譲れないのは
一つの文においては、 P が S に先んじて在る
ということの重要性です。
さらに、「 S よりも P 」という文構造の特性は、和文英訳の場面に限らず、英文を直接書いたり読んだりする場面でも重要でしょう。つまり、英語においても「まずは V 」なのです。
注1:ここでも念のために書きますが、同書はよく工夫された受験参考書であり、実際の受験生は同書をかなり重宝がるだろうことが大いに想像できます。私の受験時代にもこのような本があればよかったのに、と羨ましく思うものの一つです。その上で、ここでは、“知ろうとする素人”として、未熟な若者の反抗のごとく?あえて挑発的に論じています。
注2:「〜がある」は、直接「さかあがり」英訳ができない例が豊富な、確かに手強い日本語構文です。本稿でも追々説明する予定ですが、私もまだ全貌を把握していません。
注3:今の例は「〜するところがある」ではなく「わからないところがある」ですが…。以下に詳述しておきます。
──場所のことではない「〜ところがある」は、日本語に多く見られる「述語的語句の多重表現」の例の一つである。この場合は、その直前の語「〜」もまた P であるか、少なくとも英訳したときには P になるような意味内容を持つ。──
注4:「If you don't understand what I explain」(河村06、26頁)
[河村06]:河村一誠 『減点されない英作文』 学研、2006年
さかあがり英作文.JP (2)
───本連載は、「英作文問題の解答の研究」です。つまり、英作文問題自体の研究ではなくその解答の研究です。これは決してわるふざけのつもりはなく、筆者なりに対象に真面目に向き合った結果の記述です。しかし、筆者は英作文の指導や添削に責任の持てる英語教育者ではないことも、同時にお断りしておきます。───
─記 号─
P :述語 V :動詞 S:主語
日本語の述語は動詞を伴わないことがあるので、記号 P を用います。一方、英語では述語はつねに動詞を伴うので、主に P ではなく V を用います。
──例題2──
「次のバスは何時に出るかご存知ですか」「はい,4時25分です」
──[太田94、38頁]
会話文ですね。まずは質問文。一度サッと読み、文末で目を止めます。するとこの「か」は疑問の「か」ですから、be か do です。前へ戻り、「ご存知です(か)」は know ですから「か」は be ではなく do と決まりました。疑問文の場合、do と know の間に主語が入ります。 S として後で代入すると考えてもいいのですが、会話の質問の文ですから主語は you というのはこの時点でわかります。時制は現在。
do you know
「出るか」…「出る/出す」はあまり直訳が効きません。しかしまずはそういう語であることを押さえられればよいのです。この時点では V としておきます。この V に対する S もまだ不明ですが、位置は V の直前でたぶんよいでしょう。どちらも代入法を採りましょう。
do you know S V
「何時に」=what time
従属節の名詞節も「元疑問文」ですから、what time が S の前に出て
do you know what time S V
「次のバスは」=the next bus
「出る」のは「次のバス」、すなわちこの the next bus が V の主語です。
do you know what time the next bus V
よってこの V は leaves とわかります。「バスが出る」=the bus leaves のコロケーションは、基本的でしょう。
do you know what time the next bus leaves
会話文であることと、疑問文であることを忘れずに、punctuationを整えます。
“Do you know what time the next bus leaves?”
第1文が完成しました。
つづいて第2文。文末の「です」は be ではありません。それは、この文が「何時に出るか」の質問に「〜に出る」と答える文だからです。よってこの「です」は leaves です。
leaves
「4時25分に」の助詞「に」は時刻を示すので at です。
leaves at 4 : 25
原文には leaves の動作主が書かれていませんが、これは当然「バス」です。日本語ではこの「バス」を省略する(言わない)のが普通ですが、英語では it で受けます。しかし、it も一種の省略と言えます。つまり「まるごとは繰り返さず省略する」という根本発想自体は、日本語と英語の間に大差はないと言えます。さて、it は leaves の主語ですから、後ろへ延びずに leaves の前へ置きます。
it leaves at 4 : 25……(*)
「はい、」=yes は、例外的に、後ろへ延びるのではなく、日本語と同じで一番先頭に置きます。
“Yes, it leaves at 4 : 25.”
あるいは疑問文への返答の形式を守り、文を分け、「はい,」=Yes, I do. としてもいいでしょう。
“Yes, I do. It leaves at 4 : 25.”
いずれにしても、(*)(の句読法を整えた)だけで一つの文として完全な形を成していることを、(*)を書き上げた時点で自覚しておくことです。
──例題2 解答例──
“Do you know what time the next bus leaves?”
“Yes, it leaves at 4 : 25.”
“Yes, I do. It leaves at 4 : 25.”
──[太田94、39頁]
[太田94]:太田千義(編) 『毎年出る頻出英作文』 日栄社、1994年
─記 号─
P :述語 V :動詞 S:主語
日本語の述語は動詞を伴わないことがあるので、記号 P を用います。一方、英語では述語はつねに動詞を伴うので、主に P ではなく V を用います。
──例題2──
「次のバスは何時に出るかご存知ですか」「はい,4時25分です」
──[太田94、38頁]
会話文ですね。まずは質問文。一度サッと読み、文末で目を止めます。するとこの「か」は疑問の「か」ですから、be か do です。前へ戻り、「ご存知です(か)」は know ですから「か」は be ではなく do と決まりました。疑問文の場合、do と know の間に主語が入ります。 S として後で代入すると考えてもいいのですが、会話の質問の文ですから主語は you というのはこの時点でわかります。時制は現在。
do you know
「出るか」…「出る/出す」はあまり直訳が効きません。しかしまずはそういう語であることを押さえられればよいのです。この時点では V としておきます。この V に対する S もまだ不明ですが、位置は V の直前でたぶんよいでしょう。どちらも代入法を採りましょう。
do you know S V
「何時に」=what time
従属節の名詞節も「元疑問文」ですから、what time が S の前に出て
do you know what time S V
「次のバスは」=the next bus
「出る」のは「次のバス」、すなわちこの the next bus が V の主語です。
do you know what time the next bus V
よってこの V は leaves とわかります。「バスが出る」=the bus leaves のコロケーションは、基本的でしょう。
do you know what time the next bus leaves
会話文であることと、疑問文であることを忘れずに、punctuationを整えます。
“Do you know what time the next bus leaves?”
第1文が完成しました。
つづいて第2文。文末の「です」は be ではありません。それは、この文が「何時に出るか」の質問に「〜に出る」と答える文だからです。よってこの「です」は leaves です。
leaves
「4時25分に」の助詞「に」は時刻を示すので at です。
leaves at 4 : 25
原文には leaves の動作主が書かれていませんが、これは当然「バス」です。日本語ではこの「バス」を省略する(言わない)のが普通ですが、英語では it で受けます。しかし、it も一種の省略と言えます。つまり「まるごとは繰り返さず省略する」という根本発想自体は、日本語と英語の間に大差はないと言えます。さて、it は leaves の主語ですから、後ろへ延びずに leaves の前へ置きます。
it leaves at 4 : 25……(*)
「はい、」=yes は、例外的に、後ろへ延びるのではなく、日本語と同じで一番先頭に置きます。
“Yes, it leaves at 4 : 25.”
あるいは疑問文への返答の形式を守り、文を分け、「はい,」=Yes, I do. としてもいいでしょう。
“Yes, I do. It leaves at 4 : 25.”
いずれにしても、(*)(の句読法を整えた)だけで一つの文として完全な形を成していることを、(*)を書き上げた時点で自覚しておくことです。
──例題2 解答例──
“Do you know what time the next bus leaves?”
“Yes, it leaves at 4 : 25.”
“Yes, I do. It leaves at 4 : 25.”
──[太田94、39頁]
[太田94]:太田千義(編) 『毎年出る頻出英作文』 日栄社、1994年
さかあがり英作文.JP (1)
──本記事は、「英作文問題の解答例の研究」です。英作文問題自体の研究ではなくその解答例の研究です。これは決してわるふざけのつもりはなく、筆者なりに対象に真面目に向き合った結果の記述です。ただ、筆者は英作文の指導や添削に責任の持てる英語教育者ではないことも、同時にお断りしておきます。──
「クリ拾い (4) 」で述べた逐語的直訳の話題を、一般的方法論として拡張できないか。これに関して、どの英作文参考書にも書かれていないことがあります。といっても、素人の私に、それらを超えるような画期的英訳法を提示できるわけではありません。そうではなく、あまりにも自明であるために、どの本にも書かれていない、もしくは英訳法のポイントとして据えられない、いわば「前段階」があることを指摘したいのです。それについて以下に述べましょう。
日本語の文には述語が必ずある(注1)ので、英訳の際には、その日本語の述語部分の英訳を考える場面・時間が必ずあります。逐語的にはそれを訳出しないでおく、という場合ももちろん含めて、ともかくそれについて考える局面がぜったいにあるということです。どの日本語文に対しても必ずある、という点が重要です。さらに注目すべき点は
・日本語の文の文末すなわち句点の直前は、必ず主節の述語である
という事実です。例外は一切ないといっていいでしょう(注1)。この事実を英作文のポイントとして据えるのです。すなわち
・どんな原文に対しても、つねに 文末の述語部分を最初に英訳する
ということです。1つの例題について考えてみます。
─例題1─
私は昨日、英語で書かれた1通の手紙を受け取った。
──[花本07、28頁]
まず、文全体にサッと、文頭から文末まで目を走らせ、文末で目を止めます。文末の「受け取った」は、過去の出来事を表すので「受け取る」=receive の過去形 received を当てます。過去形なので、人称と数への気遣いがなくなりました。これで原文の文末「受け取った」を訳せました。
received
そして、次々に前へ前へと視線を戻して行きながら訳語を当てて行くのです。
「手紙を」=letter。実はこの「手紙」の語をすでに最初に見ていることで、文末の「受け取る」という述語が、コロケーションの難しいものではなくreceive でよいとわかることのきっかけになってはいます。しかし、ここでの説明はあくまでミクロな視点を基礎にして進めています。さらに「1通の」から、冠詞は a でよいとわかります。
received a letter
「書かれた(1通の手紙)」=written。関係代名詞の省略ですが、「書かれた」が述語ではなく後ろの名詞にかかる修飾句であると十分自覚した上でなら、逐語的に「書かれた=written」と捉えていけばよいと思います。
received a letter written
「英語で」=in English。
received a letter written in English
「昨日、」=yesterday。
received a letter written in English yesterday
「私は」=I。
I received a letter written in English yesterday.
これで完成です。
本問の解答過程を振り返ってみましょう。
文末の述語から 前へ前へと戻りながら 逐語訳していく。すると、英文では、同じ順番で 後ろへ後ろへとのびて 完成に近づく。原文の文頭には主語「私は」がある。英語でも、原則として主語だけは述語動詞の直前に置かれる ため、I だけは yesterday の後ではなく received の前に置いて、完成。
─例題1 解答─
I received a letter written in English yesterday.
──[花本07、29頁]
日本語原文の文末の述語をJP(日本語=Japanese と述語=predicate の頭文字を並べた)と呼びましょう。そして後ろから前へと、逆順に逐語的に置換していくこの英訳法を、「さかあがり英作文.JP」と名付けます。
注1:体言止め、名詞のみの返答など、自明な例外を除く。
[花本07]:花本金吾『基礎英作文問題精講』 旺文社、2007年
「クリ拾い (4) 」で述べた逐語的直訳の話題を、一般的方法論として拡張できないか。これに関して、どの英作文参考書にも書かれていないことがあります。といっても、素人の私に、それらを超えるような画期的英訳法を提示できるわけではありません。そうではなく、あまりにも自明であるために、どの本にも書かれていない、もしくは英訳法のポイントとして据えられない、いわば「前段階」があることを指摘したいのです。それについて以下に述べましょう。
日本語の文には述語が必ずある(注1)ので、英訳の際には、その日本語の述語部分の英訳を考える場面・時間が必ずあります。逐語的にはそれを訳出しないでおく、という場合ももちろん含めて、ともかくそれについて考える局面がぜったいにあるということです。どの日本語文に対しても必ずある、という点が重要です。さらに注目すべき点は
・日本語の文の文末すなわち句点の直前は、必ず主節の述語である
という事実です。例外は一切ないといっていいでしょう(注1)。この事実を英作文のポイントとして据えるのです。すなわち
・どんな原文に対しても、つねに 文末の述語部分を最初に英訳する
ということです。1つの例題について考えてみます。
─例題1─
私は昨日、英語で書かれた1通の手紙を受け取った。
──[花本07、28頁]
まず、文全体にサッと、文頭から文末まで目を走らせ、文末で目を止めます。文末の「受け取った」は、過去の出来事を表すので「受け取る」=receive の過去形 received を当てます。過去形なので、人称と数への気遣いがなくなりました。これで原文の文末「受け取った」を訳せました。
received
そして、次々に前へ前へと視線を戻して行きながら訳語を当てて行くのです。
「手紙を」=letter。実はこの「手紙」の語をすでに最初に見ていることで、文末の「受け取る」という述語が、コロケーションの難しいものではなくreceive でよいとわかることのきっかけになってはいます。しかし、ここでの説明はあくまでミクロな視点を基礎にして進めています。さらに「1通の」から、冠詞は a でよいとわかります。
received a letter
「書かれた(1通の手紙)」=written。関係代名詞の省略ですが、「書かれた」が述語ではなく後ろの名詞にかかる修飾句であると十分自覚した上でなら、逐語的に「書かれた=written」と捉えていけばよいと思います。
received a letter written
「英語で」=in English。
received a letter written in English
「昨日、」=yesterday。
received a letter written in English yesterday
「私は」=I。
I received a letter written in English yesterday.
これで完成です。
本問の解答過程を振り返ってみましょう。
文末の述語から 前へ前へと戻りながら 逐語訳していく。すると、英文では、同じ順番で 後ろへ後ろへとのびて 完成に近づく。原文の文頭には主語「私は」がある。英語でも、原則として主語だけは述語動詞の直前に置かれる ため、I だけは yesterday の後ではなく received の前に置いて、完成。
─例題1 解答─
I received a letter written in English yesterday.
──[花本07、29頁]
日本語原文の文末の述語をJP(日本語=Japanese と述語=predicate の頭文字を並べた)と呼びましょう。そして後ろから前へと、逆順に逐語的に置換していくこの英訳法を、「さかあがり英作文.JP」と名付けます。
注1:体言止め、名詞のみの返答など、自明な例外を除く。
[花本07]:花本金吾『基礎英作文問題精講』 旺文社、2007年
